好きな人のタイプを知って本気でその姿を目指すなら自分を捨てる覚悟を持たなければならない。

 

タイプって何なんでしょうね?タイプとは何ぞや?というお話もここでは少ししたいと思うんですけど、恋愛で自分のタイプの人と付き合うことができるかっていうとなかなか難しい。

自分の好きな人には好かれない。なんて多くの場面で、多くの人がいっていますからね。皆さんにも思い当る節があったかもしれませんようね。

 

そこで今日は「好きな人のタイプになる」ということはどういうことかお話をしたいと思います。これは個人的な極端な意見になります。

 

 

まず、思いつく限りの自分の中の理想の人を思い浮かべて、それを言葉にしていくことであらわになってくるとおもいますが、考えてみればあやふやなもので、その時々で違っていることが多い。中には絶対に譲れないものもあると思うのですが、そのほとんどは明確に表せない。

 

でも、多くの人がその理想のタイプを言うときにマイナス面はあげないパターンが多い。

 

叱ってくれるときは叱ってほしいとかって話はあれど、本当に叱られると凹んで嫌いになることもい多い。なんやねん!!!って感じです。

 

で、少し考えて極端な言い方になると「自分の都合のいい人がタイプになるのではないか?」という結論に達してしまった。

 

考えてみれば、都合のいい人は居心地がいい。

自分の欲しい言葉もくれるし、求めてるときはきっちり来てくれて、ほっといてほしいときはほっといてくれて、守ってくれて、やさしくしてくれて、適度に注意してくれて。そんな理想の人がタイプになるのではないかと。

 

そう考えると、容姿以外は「都合のいい人」がタイプになってしまうのではないだろうか。

 

で、ここからがタイトルにある問題。

 

もし都合のいい人がタイプなら、一種の奴隷である。果たして、奴隷に進んでなりたいだろうか?

 

当たり前だが、そんなの嫌だという人が大半であろう。

 

それでも一緒にいたいというなら、自我を消すことをしなければならないし、相手の心を100%読み切らないとならないし、要望にはすべて答えることになる。

 

極端に言うと、タイプってのはそれくらいあやふやなものである。

 

では、好きな人のタイプを目指さないで何を目指すべきかというと、「その人の想像したことがない世界を教えてくれて、味わったことのない感情を教えてくれる存在」である。

 

これなら奴隷になるより圧倒的に簡単である。

 

ひたすら自分を磨いていけばいい。単純なお話である。

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